モリブデンブルー法は、リン酸イオンを含む試料にモリブデン酸を反応させ、 その後に還元することで青色の化学種を生成し、吸光度からリン酸の量を求める分析法です。 大学の化学実験では、リン酸の定量実験としてよく利用されます。
しかし、実験で試薬を順番に加えて「青くなった」という結果だけを確認して終わるのは少しもったいありません。 モリブデンブルー法では、酸性条件でリン酸とモリブデン酸からポリオキソメタレートを形成する反応と、 その化学種を還元して青色の化学種に変換する反応が連続して起こっています。
この記事では、実験を行う学生が「なぜこの試薬を入れるのか」「なぜ酸性にするのか」 「なぜ還元するのか」「なぜ吸光度を測ればリン酸濃度が分かるのか」まで理解できるように、 モリブデンブルー法の原理を順番に説明します。
最後に参考文献も載せたので、ご活用ください。
モリブデンブルー法の概要
モリブデンブルー法を一言で表すなら、 「リン酸を、測定しやすい青色の化学種に変換して定量する方法」 です。
リン酸イオンそのものを目で見ても、もちろん濃度を正確に判断することはできません。 そこで、リン酸イオンをモリブデン酸と反応させ、さらに還元することで、 可視光を強く吸収する青色の化学種へ変換します。 その青色の濃さを分光光度計で測定し、あらかじめ作っておいた検量線と比較することで、 試料中のリン酸の量を求めます。
モリブデンブルー法の全体像
- 試料中のリン酸イオンをモリブデン酸と反応させる
- 酸性条件でリンを中心としたポリオキソメタレートを形成する
- 生成したリンモリブデン酸を還元する
- 青色のモリブデンブルーを生成する
- 吸光度を測定する
- 検量線からリン酸濃度を求める
つまり、モリブデンブルー法は単純な「発色反応」ではありません。 無機化学的なクラスター形成反応と 酸化還元反応を利用した分光分析法だと考えると理解しやすくなります。
モリブデンブルーにおける2つの重要な反応
モリブデンブルー反応は、大きく分けると次の2段階で考えることができます。
- リン酸とモリブデン酸からヘテロポリ酸を形成する
- そのヘテロポリ酸を還元して青色の化学種を形成する
Nagulらの総説(1)では、この2段階をモリブデンブルー反応の基本的な流れとして整理しています。 第1段階ではリン酸イオンを中心にKeggin型のポリオキソメタレートが形成され、 第2段階ではそれが還元されて濃青色の生成物になります。
リン酸にモリブデン酸を入れたら青くなるのではありません。
リン酸 → リンモリブデン酸 → 還元されたモリブデン化学種 → 青色
という段階を踏んでいることを覚えておきましょう。
第1段階:リン酸とモリブデン酸の反応
リンモリブデン酸の生成
まず、試料中のリン酸イオンとモリブデン酸由来のMo(VI)種が反応します。 この反応は酸性条件で行われます。
反応を理解するための簡略化された式として、Nagulらは次のような反応を示しています:
PO43− + 12MoO42− + 27H+ → H3PMo12O40 + 12H2O
ここで重要なのは、モリブデン酸イオンが1個だけリン酸と反応するわけではないことです。 リンを中心として、多数のモリブデンと酸素からなる大きなクラスターが形成されます。
このような金属酸化物クラスターは ポリオキソメタレート(polyoxometalate, POM) と呼ばれます。
リン酸とモリブデン酸から生成する代表的な化学種は、 12-モリブドリン酸(12-molybdophosphoric acid, 12-MPA) と呼ばれる化学種です。
その基本的な組成はH3PMo12O40と表されます。
この構造を理解すると、モリブデンブルー法が単なる「色の反応」ではないことが見えてきます。 中心にはリン原子を含む構造があり、その周囲を12個のモリブデンを含む酸化物骨格が取り囲んでいます。 このような構造はKeggin型構造として知られています。

上の図1に示したのがモリブデンイエロー(リンモリブデン酸イオン)の構造です。中央にあるのがリン酸イオンPO43−で、その周りに12個のモリブデン酸MoO3が取り囲んでいます。
図中で水色で示されているMoO6の八面体(中央にMo, 頂点にO)が頂点や稜を共有しているのがわかります。加えて、中央のリン酸イオンは四面体構造を有しています。
なぜ酸性にする?
実験では、リン酸とモリブデン酸を反応させる前後で酸を加えます。 この操作には重要な意味があります。
モリブデンは溶液中で常に同じ化学種として存在しているわけではありません。 酸性度によってモリブデン酸種の状態や縮合の程度が変化します。 モリブデンブルー反応では、酸濃度がリンモリブデン酸の形成だけでなく、 その後の還元にも影響します。
そのため、実験で使用する酸の量は単なる「反応を酸性にするためのもの」ではありません。 発色反応そのものを左右する重要な条件です。
モリブデンブルー法では、 酸濃度・モリブデン酸濃度・還元剤・反応時間・温度 などを一定にすることが重要です。
実際、古典的な研究でも、温度、硫酸濃度、モリブデン酸アンモニウム濃度によって発色強度が変化することが報告されています(2)。 したがって、実験操作を正確にそろえることは、単なる手順上の決まりではなく、 分析結果の信頼性に直結します。
第2段階:リンモリブデン酸の還元
リンモリブデン酸の生成
第1段階でできたリンモリブデン酸は、モリブデンブルー法の最終的な青色をまだ示していません。 ここで還元剤を加えます。
還元によって、クラスター中の一部のモリブデンがMo(VI)からMo(V)へ変化します。
Mo(VI) + e− → Mo(V)
Mo(VI)からMo(V)への変化は、1個のモリブデンについて1電子の還元です。 代表的な簡略モデルとして、12個のMoのうち4個がMo(VI)からMo(V)に変化すると考えると、 全体では4電子の還元になります。
H3PMoVI12O40 + 4e− → [H4PMoVI8MoV4O40]3−
この式はモリブデンブルーの化学を理解するための代表的なモデルとして有用です。 ただし、実際のモリブデンブルー反応では、還元剤や酸濃度などの条件によって複数の還元生成物が関与し得ます。 したがって、この式だけを「実際に生成する唯一のモリブデンブルーの構造」と考えないことが重要です。
これでめでたく青色に発色しました。
レポート対策
なぜ還元すると青くなるのか
還元前のリンモリブデン酸では、基本的にMo(VI)が主体です。 ところが還元すると、Mo(VI)とMo(V)が同じクラスター内に存在する状態が生じます。
このように、同じ元素が異なる酸化数で共存する状態を混合原子価と呼びます。
今回の場合、Mo(V)とMo(VI)の間の電子移動に関連した吸収が可視光領域に現れることで、 還元されたモリブデン化学種は強い青色を示します。 Nagulらのレビューでは、このようなスペクトル特性を含めて、 モリブデンブルーの発色を還元されたモリブデン種の電子状態から説明しています(1)。
モリブデンブルーが青いのは、Mo(V)とMo(VI)の間の電子移動に関連した吸収が可視光領域に現れるから。
モリブデンブルーは1種類の化合物ではない
実験レポートを書くときに注意してほしいのが、モリブデンブルーという物質がひとつだけできたわけではないという点です。
モリブデンブルーという名前を見ると、 モリブデンブルーという1個の決まった分子が存在すると考えたくなります。
しかし、実際にはそれほど単純ではありません。 Nagulらは、molybdenum blueは単一の化学種ではなく、還元されたモリブデン化合物のファミリー と説明しています。 還元剤や反応条件によって、吸収スペクトルや生成する還元種が変化することも報告されています(1)。
したがって、大学の実験レポートでは、
モリブデンブルーは、リンモリブデン酸を還元することで生じる青色の還元型モリブデン化合物である。
くらいに表現すると安全です。
とはいえ、反応機構を説明するためには、 Mo(VI)とMo(V)が共存する代表的な構造モデルを示すと理解しやすいのかなとおもいます。
検量線法によるモリブデンブルーの定量
モリブデンブルー法では、リン酸そのものの量を直接測定しているわけではありません。 リン酸を青色の化学種へ変換し、その青色化学種がどれだけ光を吸収するかを測定しています。
分光光度法では、吸光度Aと濃度cの間に、 条件が適切な範囲ではLambert-Beerの法則が成り立ちます。これは一般化学の教科書にはほぼ必ず書いてあるはずです。
A = εlc
- A:吸光度
- ε:モル吸光係数
- l:光路長
- c:吸収する化学種の濃度
同じ条件で反応させれば、一定の濃度範囲ではリン酸の量が多いほど生成する青色化学種の量も増え、 結果として吸光度が大きくなります。
そこで、濃度が分かっている標準溶液を使って検量線を作り、 未知試料の吸光度から濃度を求めます。
学生実験では、リン酸濃度の異なる標準溶液を何本か用意し、 それぞれについてモリブデンブルー反応を行います。
例えば、仮に次のような結果になったとします。
| リン酸濃度 | 吸光度 |
|---|---|
| 0 mg/L | 0.02 |
| 1 mg/L | 0.18 |
| 2 mg/L | 0.35 |
| 3 mg/L | 0.51 |
| 4 mg/L | 0.68 |
横軸にリン酸濃度、縦軸に吸光度を取ってグラフを作ると、 一定範囲ではほぼ直線的な関係が得られます。
この直線が検量線です。
未知試料を同じ条件で発色させ、例えば吸光度が0.43だったとすれば、 その値を検量線に当てはめることで、未知試料に含まれるリン酸の濃度を求めることができます。
実験では、未知試料だけを発色させるのではなく、 標準溶液も未知試料もできるだけ同じ条件で処理する ことが重要です。
モリブデンブルー反応は、単純に「リン酸の量だけ」で決まる反応ではありません。 酸濃度、モリブデン酸濃度、還元剤、温度、反応時間などが発色に影響します。
例えば、標準溶液だけを10分間反応させ、未知試料を5分間しか反応させなかったとします。 この場合、リン酸濃度が同じでも発色の程度が異なる可能性があります。
すると、吸光度の違いが「リン酸濃度の違い」なのか「反応条件の違い」なのか分からなくなります。
だからこそ、
- 試薬の添加量
- 試薬を加える順番
- 酸性度
- 反応時間
- 温度
- 測定までの時間
- 測定波長
などを標準溶液と未知試料でそろえる必要があります。
モリブデンブルー法の阻害物質
Nagulらのレビューでは、ヒ酸、ケイ酸、有機酸、フッ化物、塩化物、硫化物、鉄、 界面活性剤など、さまざまな物質がモリブデンブルー反応に影響し得ることが整理されています。
ヒ酸・ケイ素
ヒ酸はリン酸と似た構造を持つため、モリブデン酸と反応して類似したモリブデン化学種を形成する可能性があります。 そのため、試料中にヒ素が存在する場合には注意が必要です。
ケイ酸もモリブデン酸と反応してシリコモリブデン酸を形成し、 条件によっては青色のモリブデン化学種へつながります。 モリブデンブルー反応は、リン酸だけに特異的な反応ではありません。
塩化物などによる影響
特に塩濃度の高い試料では、単純な水試料とは異なる挙動が生じる場合があります。 Sn(II)を還元剤として使うモリブデンブルー法では、 塩濃度による「salt error」が研究されています(3)。
学生実験では通常、こうした影響が小さくなるよう試料組成や濃度が設定されていますが、 実際の環境試料や工業試料を分析する場合には重要な問題になります。
なぜモリブデンイエローではなく、モリブデンブルーにするのか
リン酸とモリブデン酸が反応した段階で生成するリンモリブデン酸も、光を吸収する化学種です。
それなら、「わざわざ還元して青色にする必要はあるのか?」という疑問が生じます。
モリブデンブルー法では、還元によって強い可視光吸収を持つ青色の化学種を生成させることで、 分光光度法による検出を行いやすくしています。
モリブデンイエローも分光光度計で定量できるのですが、モリブデンブルーを用いたほうが感度がいいことが知られています。モリブデンブルーは真っ青(もはや黒く見える)なので、少量でも検出できるという利点があります。
モリブデンブルー法の一般論
この反応は1783年にScheeleによって言及されましたが、その発見は広くBerzelius(1826)によるものとされています。
Berzeliusが1826年に報告したリンモリブデン酸アンモニウム(NH4+)3[H4PO4(MoVIO3)8(MoVO3)4]3−は初めて発見されたモリブデンブルーで、かつに初めて報告されたKeggin型構造の化合物でもあります。
当記事で紹介しているモリブデンブルーは中心にリンを含む化合物ですが、リン以外にケイ素やヒ素、ゲルマニウムが中心に存在するものもあり、これらもモリブデンブルーと呼ばれます。モリブデン(VI)酸化物を含む青色顔料もモリブデンブルーと呼称されます。
オルトリン酸塩(PO43−)は、XO4型の他の四面体アニオンと同様に、Xがヘテロ原子である組成[Xn+Mo12O40](8−n)−のイオンを形成することが知られています。
これらの化学種も同様に濃青色を呈し、分光学的な測定が可能です。
さらに、オルトリン酸塩の定量はpH 0−1で行うのが最適であることが経験的に知られています。
モリブデンブルー法はJIS K0101「工業用水試験方法」として採用されています(4)。
まとめ
モリブデンブルー法は、リン酸イオンを青色の化学種に変換して定量する分光分析法です。
その反応は、大きく次のように理解できます。
- リン酸イオンとモリブデン酸が酸性条件で反応する。
- リンを中心としたKeggin型ポリオキソメタレートであるリンモリブデン酸が形成される。
- 還元剤によってモリブデンの一部がMo(VI)からMo(V)へ還元される。
- Mo(V)とMo(VI)を含む還元型モリブデン化学種が形成される。
- 電子移動に関連する光吸収によって、強い青色を示す。
- その吸光度を測定し、検量線からリン酸濃度を求める。
実験で最も大切なのは、単に「青色になった」という結果を見ることではありません。リン酸がモリブデン酸と反応してクラスターを形成し、 それが還元されることで光を強く吸収する化学種になり、 その光吸収を利用して定量しているという一連の流れを理解することです。
また、実際のモリブデンブルー反応は条件によって複数の化学種が関与する複雑な反応であり、 「モリブデンブルー」という単一の化合物だけで説明できるわけではありません。 学生実験では代表的な反応式や構造モデルを使って理解しつつ、 実際の分析化学では酸濃度、還元剤、反応時間、温度、共存物質などが結果に影響することにも注意しましょう。
参考文献
- (モリブデンブルー法の総説論文)
E. A. Nagul, S. D. Kolev, I. D. McKelvie, P. J. Wordfold, Anal. Chem. Acta 2015, 890, 60. https://doi.org/10.1016/j.aca.2015.07.030 - 河村 文一, 並木 博, モリブデン青による燐酸根の吸光光度定量法の検討, 分析化学 1958, 7, 238. https://doi.org/10.2116/bunsekikagaku.7.238
- Edward A. Nagul, Ian D. McKelvie, Spas D. Kolev, Anal. Chim. Acta 2015, 896, 120. https://doi.org/10.1016/j.aca.2015.09.021
- JIS K 0101:2017, 工業用水試験方法
- 並木 博, モリブデン青抽出による汚濁水中のリン酸イオンの吸光光度定量, 分析化学 1961, 10, 945. https://doi.org/10.2116/bunsekikagaku.10.945