共鳴とは
酢酸イオンを考えてみます。酢酸イオンとは、−OH基からH+が脱離した原子団です。
さて、二つの構造のうち、どちらが正しいのでしょう?つまり、どっちの酸素が二重結合を形成して、どっちが単結合を形成しているのでしょうか?「どちらも同じではないか」と思った方、正解です。これらは等価な構造です。
では、これならどうでしょう。実験によると、酢酸イオンにおいてはC=O結合とC−O結合の長さが同一であることが分かっています。しかも、その長さはC=O結合とC−O結合の中間値になっています。これを踏まえて、もう一度。どちらの構造が正しいのでしょう?普通、単結合よりも二重結合のほうが短いはずです。どうやって説明したらよいのでしょうか。
ここで、共鳴という概念が現れます。
共鳴理論では、酢酸イオンは図1に示した二つの構造の中間的なものだと考えます。今回の場合、COO−の部分が単結合と二重結合の間にあたる、いわば1.5重結合を形成すると考えます。
また、共鳴に関係する構造(共鳴構造)を両矢印でつなぐことによって共鳴を表現します。これを共鳴構造式と言います。
共鳴にはいくつかの特徴があります。これらを理解すれば簡単に共鳴構造式を簡単に描くことができます。
規則1: 共鳴構造は仮想的
図2を見ると、酢酸イオンは2つの構造を行き来しているように見えますが、そうではありません。繰り返しになりますが、酢酸イオンはこれらの中間に位置するような構造をとっていると考えます。これを共鳴混成体といいます。
また、一般の分子では、共鳴構造の数は2つとは限りません。もっと多くの共鳴構造をもつ化合物も多く存在します。酢酸イオンははあくまでも例として示しただけなので、ご注意ください。
規則2: π電子か非共有電子対が動くだけ
共鳴構造間では、π電子あるいは非共有電子対の位置が違うだけで、他は何も変わりません。例えば、共鳴構造間で各原子の位置は不変ですし、混成軌道も変化しません。
そのため、共鳴することを前提に混成軌道を考えなければなりません。例えば、酢酸イオンのO−はp軌道を使って共鳴しているはずなので、sp3混成軌道は取れません。sp2やsp混成軌道にして、余りのp軌道を確保する必要があります。ここではC=O二重結合をつくるため、sp2混成軌道とするのが適切でしょう。
規則3: 共鳴構造は等価でなくてよい
酢酸イオンの共鳴構造は2つとも等価ですが、そうでなくても問題ありません。例えば、フェノールの共鳴構造式は次のようになります。
しかし、どの共鳴構造が共鳴混成体へ大きく寄与しているかはわかります。フェノールの場合、電気陰性度の大きな酸素の形式電荷が正になっている構造は不安定であると考えられるため、共鳴混成体に最も寄与しているのは最も左側の構造であると考えます。
また、等価な共鳴構造が多くあるほど、その共鳴構造は共鳴混成体に大きく寄与すると考えます。
準規則: オクテット則を満たす
基本的にはオクテット則を満たすように共鳴構造を考えます。しかし、特に無機化学の分野では、オクテットを満たさない「超原子価化合物」の例も少なくありません。例えば、BF3はB−F結合を3つ持つ化合物です。この共鳴構造式を考えると、次のようになるはずです。
このとき、オクテット則を満たすのは一番左以外の3つで、かつそれらは等価な構造です。このことから、B−F結合は二重結合性が強いのではないかと考えられそうですが、実際には単結合に近いことが知られています。
このように、必ずしもオクテット則が満たされるわけではなく、非オクテットの構造が共鳴混成体に有利に働くこともあります。
共鳴混成体はどの共鳴構造よりも安定
一般に共鳴するとどの共鳴構造よりも安定になります。これは数学的な帰着によるものです。また、共鳴構造が多いほど、より安定になります。
この共鳴が描けることによる安定化は有機化学において大切な考え方です。この先の学習で何度も出てくることでしょう。
形式電荷の絶対値が小さいものが優勢
形式電荷の絶対値が小さいものほど共鳴混成体に大きく寄与すると考えます。例えば、ある二つの原子にそれぞれ+2と−2の形式電荷が割り当てられていた場合と、(先ほどと同じ原子でなくてもいいが、)+1と−1に割り当てられている場合では、後者の構造のほうがより共鳴混成体に寄与していると考えます。初等的な電磁気学からもわかるように、互いに異符号の電荷をもつ二つの点電荷に働くクーロンポテンシャルは、電荷の絶対値が小さいほど小さくなるので、このように考えるのは妥当であると思われます。
以上のことを踏まえて、共鳴構造について考えていくことになります。慣れるまでは上記の要請を見ながら演習問題などを解いてみてください。