骨格構造式とギリシャ数字
有機化合物は多種多様に存在します。炭素は原子価が4もあり、多様な結合を作り出すことができるからです。
そのため、メタノールやコレステロールなど有名な名前を覚えることからはじめ、最終的にマイナーな化合物まですべて覚え、数多の名前を知っている超人になることは不可能です。
そこで、化合物の名前のつけ方の法則、すなわち命名法を知っておく必要があるのです。ここでは、最も単純な有機化合物であるアルカンの命名法を学びます。
有機化学では、骨格構造式と呼ばれる化学式を多用します。初めに、骨格構造式について学びましょう。骨格構造式とは次のようなものを指します。
骨格構造式の書き方は次の通りです。
- 炭素原子は書かず、2線の交点に炭素があるものとする。線は結合を意味している。例えば、二重結合を表現する場合は線を二重に描く。三重結合においては3本線の両端に炭素があるものとする。
- 炭素原子に結合した水素原子も書かない。各原子の結合形態を考慮していくつの水素が結合しているかを自ら考える必要がある。
- 骨格構造式は平面上に描かれるが、結合が手前側にあることを表現するときは、太線を用いる。結合が奥側にあることを表現するときは、破線を用いる。
- 必要に応じて炭素原子をCと書いて表現してもよい。炭素に結合した水素についても同様である。
骨格構造式は有機化学の共通言語です。習得しましょう。
また、有機化学ではギリシャ数字や、もっとも簡単な直鎖アルカンの名前は覚えなければなりません。
以下に、算用数字とギリシャ数字の対応と、算用数字が示す炭素数に対応する直鎖アルカンの名前を示します。
(表の見方:例えば、数字の3を意味するギリシャ数字はトリ、triで、炭素数 3の直鎖アルカンはプロパン、propaneです。)
数字 | ギリシャ数字(JPN) | ギリシャ数字(ENG) | アルカン名(JPN) | アルカン名(ENG) |
1 | モノ | mono | メタン | methane |
2 | ジ | di | エタン | ethane |
3 | トリ | tri | プロパン | propane |
4 | テトラ | tetra | ブタン | butane |
5 | ペンタ | penta | ペンタン | pentane |
6 | ヘキサ | hexa | ヘキサン | hexane |
7 | へプタ | hepta | ヘプタン | heptane |
8 | オクタ | octa | オクタン | octane |
9 | ノナ | nona | ノナン | nonane |
10 | デカ | deca | デカン | decane |
命名の基礎1(例題1)
今からアルカンの命名法を説明しますが、文章で説明してもわかりにくいかと思います。
ですので、以下の命名法は軽く流して頂いて問題ありません。
命名の具体例を用意していますので、そちらで深く理解していただければと思います。
- 最も長い炭素鎖(主鎖)を探す
- 炭素鎖の端から炭素に番号をつけていく。この時、炭素鎖の端は2つあるため、2通りの番号のつけ方が存在する。それぞれ番号の最も小さい位置にある置換基の位置番号を比べ、その番号が小さい方の番号のつけ方を選択する。
- 置換基の位置番号を先頭に、ハイフンを挟んで置換基の名前を書く。置換基の名前は対応するアルカンの名前を少し変える。例えばbutaneはbutylに、methaneはmetylにする。一般に、-aneを-ylに変える。このようなことから、アルカンの形状をとっている置換基を総称してアルキル基という。
- 上記で書いた名前の後ろに続けて炭素鎖の炭素数に相当するアルカンの名前を書く。
これを見ただけではわからないと思うので、例題を準備しています。以下の例題1をご覧ください。
先に答えをお伝えすると、これは 2-methylbutane, 2-メチルブタンと名づけます
それでは詳しく見ていきましょう。
まず、最も長い炭素鎖(主鎖)を探します。これは写真の赤線部分です。
次に、主鎖に番号をつけていきます。
写真の化合物の場合、左から番号をつけたときはメチル基が2番目、右から番号をつけたときはメチル基が3番目の位置となります。
よって、メチル基の番号を小さくするために、左からの番号が採用されます。
ここから命名が始まります。
初めに、置換基の位置と置換基の名前を確認しましょう。メチル基が2番炭素に結合しているので、2-methylと書きます。
続いて、主鎖の炭素数が4なので、炭素数が4のアルカンであるbutaneを後ろにつけて、例題1の答えは2-methylbutaneとなります。
命名の基礎2(例題2)
先ほどの例は命名法の基礎を理解していただくために簡単な例を紹介しましたが、もう少し複雑な例を紹介します。次の例題2をご覧ください。
まず、最も長い炭素鎖を探します。これは写真の赤線部分です。
次に、主鎖に番号をつけていきます。写真の化合物の場合、左から番号をつけたときも右から番号をつけたときも置換基の位置番号は2番が一番小さいです。
このような場合は、2番目に小さな番号で比較します。左から番号をつけた場合は3番目にエチル基が、右から番号をつけた場合は4番目に位置します。よって、左からの番号が採用されます。
なお、置換基の位置番号で2番目に小さな値も同じ場合、3番目の位置番号で判断し、それ以降も同様に判断します。
さらに、右から数えても左から数えても置換基の番号が同じ場合は、すべての置換基の番号を足した値が小さくなるようにします。
さて、下準備が終わりましたので、命名していきましょう。
初めに、置換基の位置と置換基の名前を確認しましょう。メチル基が2番目と5番目に、エチル基が3番目に位置しています。この場合はどのように命名するのでしょうか。
先に答えをお伝えすると、これは3-ethyl-2,5-dimethylhexane, 3-エチル-2,5-ジメチルヘキサンと名づけます。
まず、最も長い炭素鎖の炭素数が6なので、一番後ろがhexaneになります。
問題は置換基です。初めに、置換基が複数個ある場合は、 1-xxxxx-2-yyyyyhexane のように、ハイフンで複数の置換基の番号と名前を繋げます。
さらに、同じ置換基が2つある場合、 2,5-dimethyl のように、置換基の番号を若い順に書き、次に置換基の数をギリシャ数字(今回はdi)で表した後、置換基の名前を書きます。
さて、ここまでの説明で例題2の化合物の名前は次の2通りまで絞り込めます。
3-ethyl-2,5-dimethylhexane
2,5-dimethyl-3-ethylhexane
つまり、置換基の名前の置き方が複数あります。 この場合は、置換基の名前の頭文字を比較し、アルファベット順で早い方を先頭に持っていきます。
今回の場合、methyl基のmとethyl基のeを比較すると、eのほうがアルファベット順で早いので(接頭辞のdiは除いて考える!)、例題2の答えは 3-ethyl-2,5-dimethylhexane となります。
*重要!:主鎖を次のようにとることもできるのではないかと思った方もいるかもしれません。
これも炭素数6の主鎖ですが、これで命名することは認められていません。
実は、炭素数が一番多くなるような主鎖のとり方が複数ある場合は、置換基が一番多くなるような主鎖を選ばなければならないルールがあります。
今回の場合、上の図のような主鎖だと、置換基は2つだけですが、模範解答の置換基の数は3つです。
置換基の名前の複雑な場合(例題3)
置換基の名前が複雑な場合があります。 次の例題3をご覧ください。
まず、最も長い炭素鎖の炭素数が9で、左から番号をつけることが、今までの内容からわかります。そうすると、5番目の置換基が枝分かれしていることがわかります。
この置換基はどのように命名するのでしょうか。
この場合は、置換基にも名前を付ける必要があります。主鎖とつながっている炭素を1番とし、アルカンの命名法にしたがって置換基に番号付けをし、名前をつけます。
ただし注意としては、置換基内の最も長い炭素鎖を選んだあと、その炭素数に対応するアルカンの名前をつけるのではなく、アルキル基の名前をつけます。例題3の場合、1,2-dimethylpropylとなります。(1,2-dimethylpropaneではない!)
また、複雑な置換基は命名時には括弧でくくり、置換基の書く順番を考える際、複雑な置換基に関してはdiやtriといった接頭辞もアルファベット順に考慮します。
今回の場合、1,2-dimethylpropylのdと、1-methylのmを比べるとdのほうがアルファベット順で早いので、例題3の答えは5-(1,2-dimethylpropyl)-2-methylnonane となります。
シクロアルカンの命名法
シクロアルカンは、炭素が環状に結合した飽和炭化水素のことを指します。シクロアルカンの命名はアルカンの命名法を理解していれば簡単です。
- 主鎖は、環の炭素の数が側鎖の炭素数と同じ、または多ければ主鎖を環とする(本当は、主鎖ではなく母体という言葉を使う)。
- アルカンの命名法にしたがって命名する。
- シクロアルカンの名前はアルカンの名前の前に「シクロ」をつける。(ex. cyclohexane、シクロヘキサン)
2つ例を示すので、アルカンの命名法を復習しながら名前を確認してください。