ベンゼン誘導体の命名は複雑で、慣用名も多いため、私が学部の授業で習った時は覚えるのに苦労しました。
本記事では、ベンゼン誘導体の命名法と慣用名について解説します。
ベンゼンとは
ベンゼン(benzene)は、以下のような物質のことを指します。
また、このベンゼンの構造を持つ化合物を(狭義では)芳香族化合物といいます。元来、芳香族とは甘い匂いのする物質のことを指してきました。実際、ベンゼンは甘い匂いがします。
ちなみに、ベンゼンには発がん性があることが知られているため、匂い(臭い)をかぐことはお勧めしません。
また、全ての芳香族化合物が甘い匂いをもつわけではありません。
補足:芳香族化合物の厳密な定義は「Hückel(ヒュッケル)則を満たす平面の化合物」です。
ベンゼンの交互に存在する二重結合は特異的な反応性を示します。
そのため、有機合成では欠かせない物質となっており、芳香族化合物の構造にベンゼンが組み込まれている例も極めて多いです。
また、生体内にも芳香族化合物は多く存在します。
多くの慣用名
初めに、ベンゼン誘導体には慣用名が多く存在します。この慣用名を用いて命名することがあるので、これらを覚える必要があります。
以下に、慣用名の日本語と英語、その構造を示します。
他にも慣用名は存在しますが、最低限これだけは覚えましょう。
覚えておいたほうが慣用名は他にもありますが、知らない名前が出てきたら逐次調べるようにすれば十分でしょう。
興味のある方向けに、有名な慣用名を以下に示します。
- ナフタレン(naphthalene)
- アントラセン(anthracene)
- ビフェニル(biphenyl)
- アニソール(anisole)
- クレゾール(cresol)
- アセトフェノン(acetophenone)
- キシレン(xylene)
- ベンゾニトリル(benzonitrile)
- ベンジルアルコール(benzyl alcohol)
- ベンズアミド(benzamide)
- アセトアニリド(acetanilide)
- サリチル酸(salicylic acid)
- アセチルサリチル酸・アスピリン(acetylsalicylic acid, aspirin)
- フタル酸(phthalic acid)
一置換体の命名
初めに、一置換体の命名法です。
- 炭素数が7以上のシクロアルカンがあれば、それを母体とし、ベンゼンは「フェニル(phenyl)基」として命名する。
- 炭素鎖の長さに依らず、アルコール、ケトン、アルデヒドを持つアルカンがあれば、それを母体とし、ベンゼンをフェニル基として命名する。
- 1, 2に当てはまらなければ、ベンゼンを母体として命名する。
注意:炭素数が7以上だと炭素鎖を母体とし、6以下だとベンゼンを母体とすると説明されることがありますが、それは旧式の命名法です。最新の命名法は上記で説明した方法です。
では、いくつか例を示します。
図1の構造をみると、シクロヘキサンがあります。この環の炭素数は6なので母体にはなりません。
また、アルコール、ケトン、アルデヒドもありません。よって、ベンゼンを母体として命名します。母体と置換基が結合している炭素から4番目の位置にエチル基があるので、4-ethylcyclohexylとなり、語尾にbenzeneをつけて(4-ethylcyclohexyl)benzeneとすれば命名ができます。
図2の構造をみると、シクロヘプタンがあります。また、アルコール、ケトン、アルデヒドもありません。
よって、この環の炭素数は7なのでこれを母体とします。この化合物の命名は少し難しいです。
はじめに最も長い側鎖のアルキル基を見つけます。今回の場合では縦方向にヘキサンがあります。次に、ヘキサンの置換基の和が小さくなるように番号付けします。
しかし、今回の場合はどちらから番号を付けても和が同じ値になります。そのような場合は、シクロ環の置換基番号が小さくなるようにします。つまり、フェニルが結合した炭素の番号は4です。
次に、ヘキサンを母体として命名してみます。この時、本来母体であるシクロ環は無視します。すると、4-phenylhexaneとなります。
ここで、シクロ環について考えます。まず、ヘキサンの3番炭素にシクロ環が結合していることを示すために、4-phenyhexan-3-ylと書きます。(hexanylとは、ラジカルのヘキサンを意味します。)そして、これを括弧でくくって語尾に母体名のcycloheptaneを添え、(4-phenylhexan-3-yl)cycloheptaneと命名します。
図3の構造をみると、ケトンがあります。この場合は、炭素数などは考えることなく、ベンゼンを置換基として扱い、5-phenylpentan-2-oneとなります。
二置換体以上の命名
二置換体以上の場合については、置換基の優先順位を知っておく必要があります。この順位に従って、母体の名称を決めます。
順位 | 名前 | 構造 |
1 | カルボン酸 | −COOH |
2 | 酸無水物 | −COOCO− |
3 | エステル | −COO− |
4 | アミド | −CONH2 |
5 | ニトリル | −CN |
6 | アルデヒド | −CHO |
7 | ケトン | −CO− |
8 | アルコール | −OH |
9 | アミン | −NR1R2R3 |
この順位はベンゼンに限らず全ての有機化合物で成り立ちます。
では、具体例を挙げます。
図4を見ると、ベンゼンにアミノ基とアルデヒド基があります。
優先順位を見るとアルデヒドのほうが優先されるので、母体はbenzaldehydeです。また、アルデヒド基が結合している炭素の番号を1として、アミノ基は3番にあるため、3-aminobenzaldehydeと命名できます。
図5の構造の中で最も優先される置換基はケトン基です。よって、ethanoneを母体とします。
次に置換基を見ると、置換基の中にも置換基があります。この置換基の名前は4-(3-hydroxypropyl)pheynlとなることが分かります。
よって、1-(4-(3-hydroxypropyl)phenyl)ethan-1-oneと命名できます。括弧が二重にあり、命名しにくいですね。
図6の構造にはアルデヒド基が2つあります。この場合はどちらを母体とするのでしょうか。
正解は、benzaldehydeを母体とすることです。ベンゼンの炭素数は6で置換基の炭素数は5だからです。よって、アルデヒドをオキソ(oxo)基とおいて、4-(5-oxopentyl)benzaldehydeと命名することができます。