平衡定数で固体の濃度は1?一定?無視?理屈を化学的に解説!

高校で化学平衡を勉強すると、平衡定数を考えるときは固体の濃度を一定とする、あるいは無視すると習います。また、大学に入れば固体の活量は1とする、などと言われるでしょう。

どうしてそのようにできるのでしょうか。また、純液体についても同様に1にすると習うこともあるでしょう。そのあたりのことについて、詳しく解説していきます。

なお、当記事では大学レベルの熱力学を用いて平衡定数について解説しますので、高校の学習指導要領を超えます。高校生には難しいかもしれませんが、はじめの部分だけでも読んでいただければと思います。

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平衡定数は濃度の商ではない

結論から申し上げると、固体の濃度を1にするのは「定義」です。このことについて詳しく見ていくことにします。

aA + bB → cC + dDという反応を考えると、平衡定数は(高校化学では)次のように表現されるのでした。

\[
K=\frac{
\mathrm{{[C]}}^c
\mathrm{{[D]}}^d
}
{
\mathrm{{[A]}}^a
\mathrm{{[B]}}^b
}
\]

これ、実は嘘です!

本来は活量という値を使って平衡定数は定義されます。

定義: 平衡定数

aA + bB → cC + dDという反応が化学平衡にある時、平衡定数は、その時の反応物または生成物\(\mathrm J\)の活量\(a_\mathrm J\)を用いて次のように定義される。
\[
K=
\frac{
a_{\mathrm C}
a_{\mathrm D}
}
{
a_{\mathrm A}
a_{\mathrm B}
}
\]

ただし、高校化学ではいかなる状況でもaJが[J]と近似できる(と仮定している)ので、濃度を使って表現しているのです。

確かに、中性の溶質をもつ希薄溶液などではaJ=[J]としても問題ありません。ちなみにイオン性の液体だと活量が濃度と大幅にずれがちです。

そもそも活量とは、実効濃度とでもいうべき概念です。例えば、Ag+とClが塩を作り沈殿する反応を考えます。

この反応が起こるにはAg+とClが衝突する必要がありますが、実際には周りの溶媒が邪魔をして沈殿を作りにくくなっていることが考えられます。

この時、Ag+が感じるClの濃度は真の濃度よりも低く、逆にClが感じるAg+の濃度は真の濃度よりも低いと考えられます。

このようなことを踏まえて補正を加えた濃度が活量なのです(本当はこんな単純な考えではないのですが)。

ということで、先ほど、固体の濃度を1にするのは定義だと説明しましたが、正確には、固体の活量を1にするのが定義です。

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固体の濃度とは

高校化学で平衡定数の勉強をしていると、次のような主張に出会います。

「固体の濃度は、『固体の体積に対して固体が何モルあるか』ということだから、固体の濃度は一定になる。つまり固体の量を変えても濃度は変わらず、平衡定数に影響を与えないから無視する。」

大学で熱力学を学べば、これは明らかに間違っていることがわかります。

高校生であったとしても、液体やその溶質の濃度は液体の体積で物質量を割って計算するのに、固体の時だけなぜか固体自身の体積で割ることに対して、なぜ?と疑問を持ってほしいと思います。

そもそも化学平衡は系の化学ポテンシャルが一定値に落ち着くところであるため、固体だけを見ても仕方ありません。

また、これも高校生には難しい話ですが、固体の濃度が一定だと考えるにしても、反応による熱の発生やエントロピーの変化があるはずなので、固体の濃度だけでは平衡を語れないのです。

化学で固体のモル濃度を考えることは、私が知る限りありません。せいぜい密度くらいでしょうか。

IUPACによると、液体に溶ける溶質(固体)の濃度に関しては、モル濃度、質量モル濃度、モル分率の3つが定義されます。

高校でしか化学を学ばないというのであれば、それらしい理屈で固体濃度を無視、あるいは1にすると覚えてしまっていいのかもしれません。

しかし、大学以降で化学を学びたいと思っている方にとって、このような誤解は将来の学習で理解の妨げになるのではないかと心配しています。。。

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【大学化学】活量の定義

ここからは大学の範囲です。厳密な活量の定義を見ていきます。

定義: 活量

化学種\(J\)の化学ポテンシャルを\(\mu_\mathrm J\)、標準状態の化学ポテンシャルを\(\mu_\mathrm J^\circ\)、気体定数を\(R\)、熱力学温度を\(T\)とすると、化学種\(\mathrm J\)の活量は次のように定義される。
\[
a_\mathrm J =
\exp{
\left(
\frac{
\mu_\mathrm{J} – {\mu_\mathrm{J}}^\circ
}
{RT}
\right)
}
\]

ここで重要なのが、標準状態とは何かということです。これは化学種の状態で異なります。IUPACは、標準状態を次のように定義しています。

定義: 標準状態

気体の標準状態は、圧力が1 barの状態とする。
液相の標準状態は、混合物であるかにかかわらず、液相の純物質が標準圧力1 barにある状態とする。
固相の標準状態は、混合物であるかにかかわらず、固相の純物質が標準圧力1 barにある状態とする。

ここで、純粋な物質の物理量にはアスタリスク*を付すことにすると、液相と固相の標準状態において化学ポテンシャルは次のようになります。

\[{\mu_\mathrm{J}}^\circ = {\mu_\mathrm{J}}^*\]

よって、反応系にある固体が純粋な時、活量は次のようになります。

\[
\begin{align}
a_\mathrm J &=
\exp{
\left(
\frac{
{\mu_\mathrm{J}}^* – {\mu_\mathrm{J}}^\circ
}
{RT}
\right)
}\\\
&=1
\end{align}
\]

このようにして、固体の濃度、正確には活量を1にする理由が導かれました。また、液体についても純粋であれば1とします。

それでもまだ腑に落ちない方もいるかもしれません。「じゃあ標準状態の定義が違えば平衡定数は変わってしまうじゃないか!反応系と生成系の偏りが人間の定義で変わるわけないだろ!」という声が聞こえて来るような気がします。ここについても説明しましょう。

平衡定数は標準ギブズエネルギーを用いて次のように定義されるのでした。

定義:平衡定数

\[
K:=
\exp{
\left(
\frac{
-\Delta_{\mathrm r} G^\circ
}
{
RT
}
\right)
}
\]

また、標準反応ギブズエネルギーは、各化学種の標準生成ギブズエネルギーΔfGJ°と化学量数νJを用いて次のように書き換えられます。

\[
\Delta_{\mathrm r} G^\circ = \sum_{\mathrm J} \nu_{\mathrm J} \Delta_{\mathrm f} {G_\mathrm J}^\circ
\]

さらに、最安定な単体のギブズエネルギーを0と定義されていますが、今考えている平衡反応の反応式において、左辺と右辺で各元素の数が等しいため、標準生成ギブズエネルギーにおける単体のギブズエネルギーの項がちょうど打ち消され、標準反応ギブズエネルギーは結局のところ基準に依存しないのです。

以上より、基準がどうであれ平衡定数は変わらないということになります。

より具体的に説明すると、反応系に固体があっても、生成系にその固体由来の生成物があるため、基準の項が打ち消されるのです。例えば、固体の活量が1.5になるような定義に変わったとしても、平衡定数の分子に来る固体由来の生成物の項がこの1.5をうまく打ち消すような値になるはずです。

現在の定義では固体の活量を1としていて、あたかも固体の活量を無視しているように見えますが、その分のしわ寄せとして、分母にある固体由来の成分の活量にその影響が入り込んでいるわけです。

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例1:沈殿

AgCl → Ag+ + Clの平衡定数はKsp=[Ag+][Cl]と書けます。

AgClはほとんど溶けないため、Ag+とClの活量は濃度に等しいとしました(希薄だと溶質の活量は濃度に近似できます)。

さて、Kspは溶解度積として知られていますが、分母に[AgCl]がありません。AgClは固体なので、活量が1なのです。

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例2:水のイオン積

水のイオン積KW = [H+][OH] = 10−14 mol2 L−2という定数があります。

あまり考えたことがなかったかもしれませんが、これはH2O → H+ + OHの平衡定数です。

これに関しても、なぜ分母に[H2O]2がないかはお分かりいただけるかと思います。

H2Oに溶けているH+とOHはわずかであるため、H2Oは純粋であると近似でき、活量が1としているのです。