古典力学の波動方程式
ギターやピアノは弦の両端が固定された楽器です。この弦をはじくと、音が鳴ります。この時、弦は波動方程式にしたがって運動します。
1次元の波動方程式では、位置\(x\)での波の変位を\(u\)、波の速さを\(v\)、時間を\(t\)とすると、次の波動方程式が成り立ちます。
\[
\frac {\partial u(x, t)}{\partial x} = \frac{1}{v^2} \frac {\partial^2 u(x, t)}{\partial t^2} \tag1
\]
シュレーディンガー方程式の組み立て
古典論では説明できない現象は多くあります。その中でも有名なのが、粒子と波の二重性です。ここでは、それを解決できる方程式である、シュレーディンガー方程式を組み立てていきます。
まず、\(u\)が\(x\)についての関数\(\psi(x)\)と\(t\)についての関数\(\cos{\omega t}\)に分離できると仮定します。\(\psi\)はプサイと読みます。
\[
u(x, t) = \psi(x) \cos{\omega t} \tag2
\]
時間の関数が余弦と仮定したのは、古典力学の波動方程式で時間を表す関数がしばしば三角関数で現れてきたからです。(2)式を(1)式に代入して、
\[
\cos{\omega t} \frac{d^2 \psi}{dx^2} = \frac{1}{v^2} \cdot \psi \cdot (-\omega^2 \cos{\omega t})
\]
両辺\( \cos{\omega t} \)で割って整理すると、
\[
\frac{d^2 \psi}{dx^2} + \frac{\omega^2}{v^2} \psi = 0
\]
ここで、\( \cos{\omega t} \neq 0 \)としたため両辺を割りました。なぜこのような条件を課したかというと、\( \cos{\omega t} = 0 \)のとき、\(u=0\)となり、波が発生していない状態になるからです。
波について考えているのに、波が存在しないというのは物理的に意味のないことになるため、このようにしました。
\( \omega = 2\pi \nu\)と\(\nu \lambda = v\)を用いて整理すると、
\[
\frac{d^2 \psi}{dx^2} + \frac{4 \pi^2}{\lambda^2} \psi = 0 \tag3
\]
ここで、粒子の質量を\(m\)、粒子の運動量の大きさを\(p\)とおくと、粒子の運動エネルギーは\(p^2/2m\)ですから、粒子のポテンシャルエネルギーを\(V\)とおくと、粒子の全エネルギーは次のようになります。
\[
E = \frac{p^2}{2m} + V \Leftrightarrow p=\sqrt{2m(E-V)}
\]
さらに、ド・ブロイの式から
\[
\lambda = \frac{h}{p} = \frac{h}{\sqrt{2m(E-V)}}\tag 4
\]
(4)式を(3)式に代入して、
\[
\frac{d^2 \psi}{dx^2} + 4 \pi^2\frac{2m(E-V)}{h^2} \psi = 0
\]
\[
\Leftrightarrow \frac{d^2 \psi}{dx^2} + \frac{2m}{\hbar^2} \left( E-V \right) \psi = 0 \tag5
\]
ここで、\(\hbar:=h/2\pi\)としました。\(\hbar\)はディラック定数や換算プランク定数などと呼ばれ、頻繁に出てきます。そして、(5)式がシュレーディンガー方程式になります。
この式の中で意味が定かでない関数が一つあります。それが\(\psi\)です。この関数は波の変位を表すときに定義されたので、\(\psi\)を波動関数と呼びます。\(\psi\)は、(2)式からもわかるように、波の振幅に相当すると考えられます。
また、波の強度(単位時間あたりに流れるエネルギー量)は振幅の二乗に比例します。ここでは深入りしませんが、\(|\psi|^2\)は、粒子が存在する確率に比例します。
絶対値を付けたのは、\(\psi\)が複素関数にもなり得るからです。これはボルンの解釈と呼ばれていて、多くの実験によってこの解釈が正しいことが実証されています。
正確には、\(x\)から\(x+dx\)の領域に粒子が存在する確率は、\(|\psi|^2 dx\)で表されます。また、3次元の場合は\(x\)を体積\(v\)などに置き換えれば成り立ちます。
演算子の定義
(5)式を(6)式のように書き、それを次の(7)式のように変形してみます。
\[
-\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2\psi}{dx^2} + V\psi = E\psi \tag6
\]
\[
\left(
-\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{dx^2} + V
\right)
\psi = E\psi \tag7
\]
\(\psi\)があたかも因数分解できるかのように表記してみました。注目すべきところは、\(\frac{d^2\psi}{dx^2}\)を\(\frac{d^2}{dx^2} \)と\(\psi\)因数分解したところです。
高校数学までは、微分の記号と関数が因数分解できると習ってきていないはずです。
ところで、\(\psi\)を\(x\)で微分する時の表記として、次の2つが挙げられます。
\[
\frac{d\psi}{dx}
\]
\[
\frac{d}{dx}\psi \tag8
\]
これはどちらも意味は同じですが、(8)の書き方はまさに微分という演算と演算対象を因数分解した書き方です。
このように、演算と演算対象を分離した表記をした際に現れる、演算を意味する部分を演算子と言います。量子力学ではこの演算子がとても重要な意味を持っていることをいずれ知ることになります。
さて、シュレーディンガー方程式に見られる演算子を\( \hat H\)と定義し、これをハミルトニアン、またはハミルトン演算子とよびます。
\[
\hat H := -\frac{\hbar^2}{2m} \frac{d^2}{dx^2} + V
\]
すると、(7)式は次のように定義できます。
\[
\hat H \psi = E \psi \tag9
\]
(9)式はシュレーディンガー方程式の最も一般的な書き方です。
また、この式は1次元のハミルトニアンですが、3次元のハミルトニアンは次のようになります。
\[
\begin{align}
\hat H :=&
-\frac{\hbar^2}{2m}
\left(
\frac{\partial^2}{\partial x^2} + \frac{\partial^2}{\partial y^2} + \frac{\partial^2}{\partial z^2}
\right)
+ V \\\
=&-\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2 +V
\end{align}
\]
ここで、\( \nabla\)をナブラ、\( \nabla^2 \)をラプラシアンと言います。
\[
\nabla = \frac{\partial}{\partial x} + \frac{\partial}{\partial y} + \frac{\partial}{\partial z}
\]
\[
\nabla^2 = \frac{\partial^2}{ \partial x^2} + \frac{\partial^2}{\partial y^2} + \frac{\partial^2}{\partial z^2}
\]
ところで、関数に演算子を作用させた結果、定数倍された関数が返ってくるような式のことを固有値問題といいます。線形代数学で聞く言葉ですね。
(9)式はまさに固有値問題です。\(\psi\)を\(\hat H\)の固有関数、\(\)を固有値と言います。特に、シュレーディンガー方程式の固有値はエネルギー固有値といいます。
なお、シュレーディンガー方程式にはこのほかにもう一種類あります。ここまでで紹介してきたシュレーディンガー方程式は時間の項を含んでいません。
そのため、これを時間に依存しないシュレーディンガー方程式と呼ぶことがあります。すなわち、時間に依存するシュレーディンガー方程式も存在します。
殆どの場合、化学では時間に依存しないシュレーディンガー方程式を使います。
運動エネルギー演算子と運動量演算子
\(V=0\)のとき、粒子のエネルギーは全て運動エネルギーとなります。
\[
\left(
-\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2
\right)
\psi = E\psi
\]
この時、残った演算子は運動エネルギーを表していると考えられます。よって、運動エネルギー演算子\(\hat K \)を次のように定義できます。
\[
\hat K := -\frac{\hbar^2}{2m} \nabla^2
\]
このことから、運動量演算子の2乗\( \hat P^2\)は次のように定義できそうです。
\[
\begin{align}
\hat P^2 :=& 2m \hat K \\
=& -\hbar^2 \nabla^2
\end{align}
\]
ここで特に断りもなく演算子の2乗を出しましたが、演算子の2乗はどのように解釈するべきなのでしょうか。
これは、\(\hat P^2 f=(\hat P \hat P) f = \hat P (\hat P f)\)のようにして、\(\hat P\)を2回作用させるという意味になります。
\( \hat P^2\)は二階微分を含んでいます。これは、微分を2回行うという意味なので、\( \hat P\)で1回分の微分が行われると解釈できます。
また、\( \hat P^2\)に含まれる\(-\hbar\)は定数で、\( \hat P\)が1回作用すると、\(\hbar/i\)が掛けられると考えられます。よって、\( \hat P\)を次のように定義します。
\[
\hat P = \frac{\hbar}{i} \nabla
\]
\[
\hat P^2 = \left(\frac{\hbar}{i}\nabla\right)
\left(\frac{\hbar}{i}\nabla\right)
\]
*補足
\(\hat P =i\hbar\nabla\)でもいいのでは?と思った方もいるかもしれません。
全く問題ありません。
ただし、本サイトではこの書き方は使わないのでご注意ください。運動量演算子の書き方によって計算結果が変わることはないのですが、途中式の見てくれが変わります。
また、ここまでで\(\hat H\)は粒子の全エネルギーを表していることが分かったかと思います。本来、ハミルトニアンは運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの和で定義されたものではありません。
ここで詳しいことは説明しませんが、興味があれば、解析力学を学んでみてください(化学系の学生にとっては殆ど必要ない知識ですが)。