有機化学を学び始める前に、原子や結合等の概念を知っておく必要があります。いわゆる一般化学で学習する内容です。当記事では、原子の電子配置について紹介します。
軌道とは
高校化学では、電子は原子の周りを回っていると習います。これは約100年前まで信じられていた考え方です。
しかし、量子力学という学問が生まれてから、電子はどこにいるかは分からない、ということが分かりました。実は、電子の位置は確率で表現されるのです。この位置にいる確率は50 %で…といった具合です。
意味が分からないと思われるかもしれません。それもそのはずです。
私たちが日々生活している中では、このように確率で位置が決まるような状況には出くわさないからです。
量子力学は極めて小さな物体、粒子に対して適用できる理論です。
私たちが生活しているときに目にするような大きい物には適用しても意味がありません(厳密には適用できますが、大きいものに対しては古典的な理論が適用できることが知られています。マクロな系に量子力学を適用しても単に計算が煩雑になるだけです。)。
さて、電子の位置は分かりませんが、高確率で電子が存在する領域は分かります。このような領域を軌道や電子雲といいます(厳密には、軌道は電子の確率を数学的に表現した「波動関数」と呼ばれる関数のことを指しますが、便宜上上記の領域を軌道と呼ぶことが多いです。)。
軌道の形は電子の状態によって異なりますが、有機化学で主に用いるのは、s軌道とp軌道と呼ばれる2つです。s軌道は球状、p軌道はダンベル状をなしています。
図1の原点に原子核があると思ってください。
電子収容における3つのルール
原子は電子をもちます。その数は原子が持つ陽子数と同じです。また、電子がどこにいるかは確率で決まり、その領域には特定の形がある、というのが先ほど説明した内容です。
では、各々の電子はどのような形の軌道にいるのでしょうか。これは、次の3つのルールによって決まります。
- 構成原理
電子はエネルギー準位の低い軌道から入っていく。 - パウリの排他原理
軌道には最大2つの電子を収容できるが、それらのスピンが逆向きでなければならない。 - フントの規則
エネルギー準位の等しい軌道が複数ある場合、できるだけ均等に、スピンをそろえて電子が入る。
分からない単語があったかもしれませんが、これから丁寧に解説します。
まず、前述したs軌道やp軌道は、1s軌道、2s軌道、2p軌道、3s軌道、3p軌道…といったように複数存在します。
さらに、各々のp軌道は、px、py、pzと3つに分かれています。そして、それらのエネルギー準位を図にすると次の通りです。
ここに電子を入れていきます。例えば、水素原子は陽子を1つ持つので電子も1つ持ちます。構成原理から、1s軌道に電子が1つ入ります。
次に、ヘリウムについて考えます。ヘリウムは電子を2つ持ちます。構成原理とパウリの排他原理より、今度は2つの電子が逆向きのスピンをもって入っていきます。
スピンとは何かを理解するのは、量子力学を学んでいないと難しいです。初めのうちは、球体が回る向きが時計回りと反時計回りの二つがあるように、電子の回る向きにも2つ存在するのだと思っておけば良いと思います。
(実際、歴史的にはそのように解釈されてきました。しかし、実際のところはスピンに対応する古典的な物理量が存在しないため、非常に分かりにくい概念となっているのです。)
電子のスピンは矢印を用いて表します。スピンにはアップスピンとダウンスピンがありますが、アップスピンを上向き矢印↑、ダウンスピンを下向き矢印↓で表します。
炭素について見ていきましょう。炭素は電子を6つ持ちます。1s, 2s軌道と電子を4つ入れ、5個目を2pxに入れることにしましょう。
pxから入るという規則はないのですが、ひとまずpx軌道に入るということにします。次に、6個目の電子はフントの規則にしたがって、同じエネルギー準位で別のp軌道に、スピンをそろえて入ります。
今回は、アップスピンで2py軌道に電子が入っているとしましょう。ここでも、2pyに入るというルールはなく、2pzに入っても問題ありません。
酸素について見ていきましょう。酸素は電子を8つ持ちます。1s, 2s軌道を埋めるのに4つの電子を入れ、2p軌道にフントの規則を満たすように電子を3つ入れます。
最後の1つは構成原理とパウリの排他原理にしたがって、逆向きのスピンで2p軌道のどれかに入れれば完成です。
なお、水素原子は図2のようなエネルギー準位にはならず、同じ主量子数の軌道はすべて同じエネルギー準位になります。
ここまで、有機化学で最低限必要な知識だけを説明しましたが、もっと詳しく知りたい方はこちら。
有機化学であっても金属を扱うことがあり、もう少し複雑な軌道の知識が必要になるため、学んでおくことを強くお勧めいたします。
さいごに: 混成軌道
軌道、特にp軌道は有機化学で結合を表現するために多用します。電子配置について学び、機械的でつまらないと思ったかもしれませんが、ぜひ覚えていただきたいと思います。
ここまでで原子の電子配置について学びましたが、これだけではどのようにして結合を形成しているかは分かりません。また、結合角についての説明もできません。
それらを説明するために、混成という概念が生まれました。混成軌道についての記事はこちら。